|
開けた瞬間がたまらない。おべんとう箱の蓋を開けてもらった時だ。
蓋を開ける時の、少し照れくさそうな、また恥ずかしそうな表情。でもどこか見てもらいたい気持ちも伝わってくる。 たくさん旅に出た。そして、たくさんのおべんとうと、たくさんのおべんとうの時間に出会った。 むかし、友だちの家に初めて行った時、味わった感覚を思い出す。自分の家と同じようで同じではない。新鮮な驚きと発見があった。匂い、照明の明るさ、階段を上る音、遠くから聞こえる家族の声。友だちに小さな声で「こっち」といって、手を引っ張られる。すると、このままどこか遠くへ、どこか異次元の世界に飛んで行くように、ドキドキワクワクしたものだ。 そんな体験から四十年近く経った今、いつもの味、いつもの姿のおべんとうに会う旅で、またドキドキワクワクした気持ちを味わっている。 母や父、妻や夫、子ども、また友人や恋人が作ってくれたおべんとう、そして、そのおべんとうを食べる人を通して、その向こう側にあるものを見たかった。 「はじめに」より ■『おべんとうの時間』 2010年4月1日発行 木楽舎 私の体の中には種のようなものがあって、自分ひとりの力では芽を出すことができないでいるけれど、本を読んだり映画を見たり、音楽を聞いたりして感動すると小さな芽が出てくる。
それがたび重なって少しずつ成長してゆき、茎も太くなり、しまいには堂々とした太い木になってくれればいいなと思う。 今なら私はちゃんとわかる。 誰が何と言っても、自分にはかえがえのないものなのだからそれでいい。自分だけにしかわからない特別なことを、ひとつひとつ味わってゆけば、それで充分なのだと、今は強く思える。 オランダ人の友人なんか、ヨーグルトをぶっかけたシリアルを食べる時にさえ言っていた。彼は抑揚をつけて「スペーシャル・トゥー・ミー」と発音しながら歯を出して笑い、どんぶりにスプーンをつきさすのだ。 「スペーシャル・トゥー・ミー」より抜粋。 ■『帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。』 2009年4月10日発行 文春文庫 ピーターパンが住むネバーランドの妖精は、この世で赤ちゃんがほほ笑むたびに生まれる。そして子供が「妖精なんかいない」というたびに死ぬという。その一方、ネバーランドには子供が一度息をするたびに大人が一人ずつ死ぬという言い伝えもある。
ピーターをはじめ、親とはぐれ永遠に大人にならなくなった子供――ロストボーイの国であるネバーランドだ。突然の死が世界を驚かせたマイケル・ジャクソンさんは、かつて広大な私邸をネバーランドと名づけ、その住人を名乗っていた。 「ピーターパンは自分の心にあっては特別の象徴だ。そこからイメージするのは、大人にならないこと、魔法、空を飛ぶこと――そういったものを何より大切なことだと感じている」。そんなふうに語っていたというスーパースターである。 80年代、それまでのエンターテインメントのあらゆる境界を越える魔法によって「キング・オブ・ポップ」と呼ばれた彼だ。ジャンルと融合させた音楽、一目で人を魅了するダンスパフォーマンス、それをミュージックビデオという新しいメディアで世界中の人の心に届けた魔法だ。 だが同じ魔法が、この世ならぬグロテスクな世界への扉を開いていしまったのも「大人にならないキング」の宿命に違いない。ネバーランドの建設や児童性的虐待疑惑をはじめ、もっぱら数々の奇行で人々の好奇の目を集め続けてきた近年だ。 その急死は「妖精などいない」という大人たちのつぶやきのせいか、それとも永遠の子供たちのため息のせいなのか。死因はなお明らかではないが、地上のあらゆる壁を越えてみせた希代のエンターテイナーの天国での平安を祈る。 『毎日新聞』(2009年6月27日朝刊)「余禄」より 新緑の闇よりヨーヨー引き戻す
くるぶしに水の匂ひや祭り来る ねむる子を抱き祭りの中にゐる 風死して砂の砦に鳥の羽根 櫓をかへす白きてのひら朴の花 フランスの水がコップに梅雨の月 全休符ぽつかりとあり夏の月 百人の奏者の影や原爆忌 チェロの弓の先端かなぶんの擬死 以上、抜粋。 ■『水の宅急便』 浦川聡子著 2002年9月25日発行 ふらんす堂
5月2日
ふわふわの耳を重ねてねむる猫<空室アリ>の輝く街に 東 直子 アパートかマンションか、それとも貸し店舗か。<空室アリ>の看板が新しい入居者を待ち構える横で、猫はあくびをして眠りにつく。住人がころころと入れ替わる様子にも、まるでワレ関セズといった具合だ。重ねて閉ざされた耳が、人間への無関心を表しているようにも思える。でも、もしかしたら、何も無いということに我慢しきれず、部屋に何かを詰め込もうと焦る私たちこそが、この猫のふわふわの眠りを欲しているのではないだろうか。 (『青卵』平成13年刊) 以上、抜粋。 ■『街角の歌 365日短歌入門シリーズ』 2008年4月1日初版発行 ふらんす堂 真っ白
ページを開けば 真っ白で 言葉は何も 書いていない詩集 真っ白で 真っ新で 怖いくらい 自由なページ 詩人の言葉なんか 信じるな 君は白いページに 好きな言葉を記せ 真っ白なページの 静けさの中から 君に必要な言葉が 産声を上げる そのために君は 正直になりしかない そのために君は たった一人になるしかない ■『実況中継』 詩 谷郁雄、写真 浅田政志 2009年5月15日 初版第一刷発行 実業之日本社 8月16日
新涼のパエリア鍋を買ひにけり さかいのこなみ この句は、句集でセットで出された歌集の歌<パエリアの黄金の米の噛みごたへ四十年を共に暮らして>と連動しているように見える。<パエリア鍋>は形状が特殊で、料理好きな人でないとまず買わない。炊き立てのパエリアのサフランの色と香り――歓声を挙げる家族の姿が見える。作者は二〇〇二年逝去。死の一年後に遺句集及び歌集を夫君の境野大波氏が纏めた。その刊行日が七夕である事に気付き、私は涙がこぼれそうになった。(『花冠』) 季語=新涼(秋) 以上、抜粋。 ■『食の一句 365日入門シリーズ』 2005年7月1日発行 ふらんす堂 ●六月某日
左翼やリベラル派に属する人の手になる文で、現在読むに値するのはごく僅かだ、と前に書いたことがある。その例外的な存在として辺見庸氏の名を挙げた。 私は本屋で表紙に辺見庸とあれば、反射的にそれを携えレジに直行する。 今回もそうやって慌ただしく購ったのだが、この『私とマリオ・ジャコメッリ』(日本放送出版協会)は格別であった。 単なるジャコメッリ論を超え、批評という枠組みすら押し破って、ある種のアフォリズムの試みとなっている。厳粛と俗悪と虚無と崇高とが目まぐるましく交錯する断層の連なり……。 などといえば、心ある人ならエミール・シオランというフラグメントの思索者を想起するはずだ、そして本書にもシオランは登場する。 「その思想の最大な特徴は、眼前に実在している事象をすべて疑うことにある」と。 その問題関心はジャコメッリも共有していたのではないかと辺見氏は問う。そこには「仏教的とおもわれるところもある」とも。 以上、抜粋。 ●『週刊文春 6月18日号』 2009年6月18日発行 株式会社文藝春秋
ザ・ビートルズ(The Beatles) 1962年~1970年までのアルバム収録曲の歌詞・和訳・動画をご紹介。 貴重なライヴ映像など画像も満載です。 ソロ活動後のジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの代表作品も紹介。
ビートルズ(The Beatles) 【歌詞・和訳・動画・試聴】
|
お気に入りブログ
メモ帳
カテゴリ
全体
Diary Poetry Music Novel Haiku Tanka Commentary Nonfiction Photograph Essay Newspaper article Dialogue Magazine Television program Movie Web News Book 未分類 以前の記事
ネームカード
最新のコメント
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
おすすめキーワード(PR)
ブログパーツ
ファン
|